2009年4月16日 (木)

響きあって

 「響きあって」なんだか素敵な言葉じゃあないですか。ドイツの教育哲学者ボルノウは、著「人間と空間」の中で、空間と結合し、空間と溶け合い、それゆえに空間に担われささえられている根本経験を、ミンコフスキーの反響という概念をつかって説明している。「反響は「自我と世界の対立よりも根源的」な原状態にあり、それによって周囲の世界との共感、調和、同調のうちに生きることができるのだ」と、こんな感じで述べている。ここでの反響とは、恐らく胎盤の中で羊水に抱かれているような原初の体験のことをさしている。この根本的経験が私達の基層を形づくっているのだという。

 とすると「響きあう」というのは、意識が形成される前からあって、私達人間は無意識のうちにも、その作用に浸り、共鳴を求めているのかもしれない。

 だめだめスパイラルで世界中が落ち込んでいるなかで、これは次なる私達人間の成長のための節目だと捉えている人は少なくない。勿論、簡単なことじゃあないけど、そんな思いと行動が響き合えば、きっと良くなっていく。

千葉の荻原(建築家)さんはそんな行動をしながら周りを元気付けて下さるお一人だ。荻原さんの「家づくりの履歴アルバム」は、住まいをいとおしくわが子のように見つめ育てるかのような視点を教えてくれている。
http://www.shou.co.jp/yorozu/naibu/alubum.htm
こんな思いでつくられたら、住まいもきっと幸せだろう。ということは、その主である人(家族)はもっと幸せになれるかも。

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2009年4月 9日 (木)

3月も去り・・・

二月は逃げ、三月は去り、とはよくいったもので、まったくその通りに逃げられ、去られと置き引きにでもあったかのように、4月の新年度へと突入しました。

3月は中学・小学校と卒業式に出席させて頂き、泣かせて頂きました。私が泣いてどうすんだというところでしたが・・・、よい卒業式でした。

小学校の入学式では徹夜明けやハプニングで、私の方が新入生より緊張したのではと思えましたが・・・、嬉しい入学式でした。

昨日は、大学院の新年度初ゼミでした。事務所の出掛けに鍵が抜けなくなり、大慌てしました。いくつか試してやっと抜けたのですが、鍵のつまみにホルダーなどをつける孔に紐を通してひっぱったらするっと抜けました。恐らく変な力がかからず垂直に引かれることでよかったのだと思います(これお奨め)。それまでの20分間は何だったのかと思うくらいでした。そのあとはよくいわれることですが、鉛筆の芯をぬりたくって滑りをよくし、今は好調です。

ゼミでは、まあ嬉しいこと嬉しいこと。この一年も、また頑張れる。頑張ろうと思いました。勿論研究だけじゃあなくて実務を頑張ってこその研究なので、仕事、頑張ります。

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2009年1月 1日 (木)

一年の計は元旦にあり

Dsc_0009 二〇〇九年の輝かしい新春を迎え
  皆様のご多幸と 世界の平和と安寧を
    心より祈念いたします

2008年の大掃除もなんとか無事(それなりに)終わって、新たな年を迎えることができました。
今年は年頭に書初めをしました。世知辛い世相の中、何にも代え難いかけがえのないものを大切にしあうために何が必要か、そんな自己問答でもありました。恥ずかしいのでここには書きませんが。

話は変わって、上の写真は、大学院の課題でつくったものです。夜しかこの模型の良さがわからない(昼は粗が目立つ)のが残念ですが、正月を迎えるのに事務所の打合せテーブルに飾ってみました。なかなか幻想的です。

しばらくすると書類の山にうずもれるテーブルの姿が、一年の計をこのように表しているのであれば、いいのですが。

この一年が、皆様にとって素敵な年でありますように

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2008年12月30日 (火)

大掃除

 前回の書き込みから、祭りのあとの静けさどころか、てんやわんやで早2ヶ月近く経ち、今年も暮れようとしています。
やっとのことで今日の午後から事務所の大掃除を始めたのだが中々はかどらない。

しばらくぶりにブログに立ち寄るのも、逃避行動の現れである。

ここに来る前にアマゾンで本を2冊買ったのだが、「在庫残り1冊」の殺し文句に誘われて2冊まとめて買ってしまった。1冊で1,500円に達しなかったためしょうがなかったのだ。本当は図書館に行こうと思っていたのだが29日~1/4迄お休みのため致し方なかったのだと、自分に言い訳をしている。

今読んでいるリースマンの「孤独な群集」から、次の段階へと進むためのものなのだが、愉しみである。今度はジャン・ピアジェなのだが、何の研究をしているのか端から見るとわかりにくい。哲学-社会学-心理学も全て建築に連関されていると考えているからである。

建築がこれらの連関を失い、孤立し、建築の内なる建築へと向かっているところに、問題があると感じている。先日杉浦登志彦さんを偲ぶ会に出かけたが、杉浦さんは建築を社会とつなげようとされた方だった。

「NOVのさいごの忘年会」酒井宣良さんを偲ぶ忘年会は、酒井さんの豪快で賑やかな調子そのままだった。C&Dの編集長をされていて、建築を芸術・文化・社会とつなげようとされた方だった。また、私達若手?(図々しい中年である)をいろんな方とつないでくれた方だった。

二次会の後、お二人に近かった建築ジャーナルの某T氏とラーメン屋でさらにビールを飲んで、今池から栄まで歩きながら議論してきた。ちょっと過激なT氏だが、なかなか鋭い意見もあり参考になったりもする。

恩返しは、仕事と研究でさせて頂かなければ。
よ~し気合入ってきた。

さあ、大掃除頑張ろう!えっ、まだ1日ある?

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2008年11月 9日 (日)

秋は祭りだ

前の書き込みの三重大学の建築展に始まりそれ以降毎週なんかの行事があり、今日も急遽出展をすることになったパネルをあたふたとつくっている。(今頃?)

10月はじめの小学校PTA行事での挨拶で、「筋肉は傷んだところを修復する時により強い力に耐えられるように太い筋肉ができる。頭は使うことによって、より優れた能力を発揮できるようになる。心も、使うこと、動かすことで、より豊かに、強くなるのでは。喜びや感動を同じ時、同じ場所で共有し、共鳴させるのは、心が大きく動く時。そんな体験を今日はみんなでするため、・・・・・」こんな話をさせて頂きました。

それに関連するような話を今朝、たまたま聞いた車のラジオで、豊川高校の宮本先生という方が、成長痛という話をされてみえました。医学的に言われる成長痛とは違う観点で、苦しんだり、悩んでいる時は成長しようとしているその証なんだと。

私達はつまづいたり、立ち止まったりすることを、あまりよく思わないことが多いのですが、時にそれはとても大切なことだと感じたりもします。サブプライムローンに発した世界的な金融危機も、実体経済と乖離した投機的経済を修整する一過程とみれば納得できますが、それに伴う痛みはあまりに強く、耐え難いものでもあります。

これも成長痛と思えば乗り越えれるのでしょうかね。私は今、おなかの痛みとたたかっています。    というか、パネル早くつくれよ!

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2008年9月26日 (金)

建築展

9月24日から三重大学工学部建築学科「建築展2008」が三重県総合文化センター2F第一ギャラリーで開催されております。http://www.arch.mie-u.ac.jp/kentikuten2008.html

しばらくぶりに徹夜を何日も続け、なんとか修士設計課題を私も提出しております。タイトルは「まちホタル」。

 私達人間はあかりを崇め尊び、太陽や月は信仰の対象でさえありました。光の自由を手に入れた私達はそこに無限の可能性を手に入れたかのように思い、暗闇を恐れるあまり全ての闇を照らし出そうとさえしました。しかし闇を白日の下にさらしたとしても、それは虚像にしかすぎないことに気付くのです。それは真実の姿ではなく偽りの姿であると。

 住宅からこぼれるあかりに、そこはかとない安堵と郷愁を覚えるのは何故でしょうか。暮らしを映し出す、暮らしから滲み出る真実がそこにはあるからでしょうか。はだか電球のあかりのように、頼りなげでありながらもかけがえのない一筋のあかりが。

 近代化以降、都市住宅は家庭と仕事を遠く引き離してきました。父親不在の、または両親不在の夕食の風景がある。そこには家族を映し出す真実のあかりは、残念ながら見当たらない。

 仕事の形態が変わり、遠くの会社まで毎日通う必要がなくなるかもしれない。通りを挟んだ向こうに自らの仕事場をつくろう。地域の人達と共同のオフィスでも良い。辻の入り口にこのような住宅と職場の架け橋のゲートをあちこちにつくろう。子ども達が安心して通れるだけでなく、人が居てそこにあかりがあれば、帰りを迎えてもらうようなあたたかさと、ささやかな祝祭性がまちの日常な中にともしだせる。
このあかりを、「まちホタル」と呼ぼう。「まちホタル」がともる町並みが増えれば、あたたかなあかりに包まれる家族も増え、人々から放たれる真実の輝きで、まちは光に満ち溢れることでしょう。 こんなまちのあかりを設計したいと願います。
 

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2008年9月 5日 (金)

東海豪雨再来?

8月28日から29日にかけ、東海地方を襲った集中豪雨、その後もゲリラ的に物凄い雨量をもたらし、市民の生活を脅かしています。このたびの豪雨により被害を受けられた方々にお見舞いを申し上げるとともに、一日も早く平静の暮らしを取り戻すことができますよう、お祈り申し上げます。

もう、8年も前になるのですね。いわゆる東海豪雨のことです。2000年9月11日でした。私は用事で深夜に東名高速道路で名古屋インターを降り、道路であっちこっちを向いてハザードがついていたり、クラクションが鳴りっぱなしの車が放置された市街地を通り抜けました。既に冠水した水は引いていたので、何があったのか理解できずにゴジラの襲来でもあったのかというような、狐につままれたような不思議な感覚でした。それからまだ冠水した道路へとさしかかり、浮遊しきままに流される車を見て、ことの次第を理解したものです。

あの時、庄内川新川の上流の西枇杷島では水深何メートルも町が水没するような状況となり、その後仲間とボランティアに数日間かけつけました。建築の専門家としてできることはないだろうかの思いでしたが、自然の力の恐ろしさと現実を身に知らされるばかりでした。

名古屋を含む濃尾平野は東、北、西を高原や山地で囲まれた大きな盆地にちかい地形となっており、雨雲等の停滞を招きやすいことは前にもどこかで書いた気がします。しかしゲリラ的に局部に集中してこの1週間の間も度々降り続ける雨は、異常としかいいようがありません。機械排水に頼る都市部の雨水処理は能力を超えたら一気にオーバーフローします。住まいのあり方の中に、排水だけを考えるのでなく、改めて、保水、貯水、整水も必要であることがわかります。コンクリートや、アスファルトで覆ってしまえば、下水等の機械処理に頼るしかないのですから。

避難勧告が出た午前3時半、TVの情報を見ながら、私達設計者はこの8年間で何を反省し、何をしてきたか、自問自答させられました。

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2008年8月27日 (水)

住宅ローン減税!

本年度打ち切り予定だった住宅ローン減税が延長拡充の方向。これはこれは朗報である。せめてこれぐらいのことを国交省は求める責任がある。にしてもありがたい。

何かどうにもならないような閉塞感が漂う中、物価だけは上がり続ける。原油高は史上空前の高値を今年になり更新し続けた。ヘッジファンドのシナリオ(リポート)通りの自作自演劇である。ヘッジファンドマネジャー:ポールソン氏の推定年収は37億ドル(約3,800億円)という。げにおそろしい!マネーゲームなどというお遊びの範囲はとっくに超えたお金による侵略(略奪)行為ではないだろうか。そのつけは一般の生活者が払い続けるのだ。「貯蓄から投資の流れをつくるためにはどうしたらいいのか」金融担当相に指示するなど、投機マネーの暴走をさらに煽ろうとする福田首相には、国民のこの行き詰った感覚とは程遠いらしい。過度の投機マネーの抑制をしなければ、まじめに生産したり、働いている、経済そのものの根幹が駆逐されてしまうのではと感じる。先進国が発展途上国から搾取していた時代から、グローバル化した経済は一握りの人間が、満遍なく大多数の人から搾取できる時代になったのだろうか。

住宅ローン減税の拡大延長が焼け石に水にならないことを祈っている。

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2008年8月15日 (金)

盆ですね

今年の盆も事務所であれやこれやとやっております。久しぶりに少しだけホームページをいじっているのですが、世の中のHPの様が大きく変わったことに、改めて気付きました。

私が初めてHPを立ち上げたのは9年前ぐらいだと思います。html言語を本を見ながら羅列させ、なんとかかんとかつくったものでした。その当時のHPは、なんとか人様の役に立つような情報を発信せねば!そんな意気込みがみんなのどこかかしこにあったように思えます。

最近のHPを見ると、なんと会社宣伝だけのページが増えたことか。それに流行でブログがついている。うっうちもあるのだが・・・。会社宣伝ページが増えたのはプロがつくった商業サイトが増えたからだと思うのです。プロがつくったサイトはSEO対策がなされていて、検索の上位を占めるのだが、中身は会社広告パンフレットそのもの。観ているものの納得感があまり得られない。はっきりいってつまらない。

かといってうちのページも改めて見ると古い。あの時一所懸命につくったのだが、確かに古い。お盆休みを利用して、少しづつ修正を図ってはいるもののここまでほったらかした罪は深い。すぐに直せるものでもない。根気良くすこしづつ直すしかないと、地道に作業をやっている脇で次女が事務所で裏紙手帳をつくってくれている。おとうちゃんの手伝いがしたいと、13日から事務所で色々やっている。作業をさせたり、スケッチをさせたり、はたまた工作をしたり、コーヒーをいれてくれたりと、彼女なりに気を使ったりしながらやっている。

私は仕事柄あまり家には居ない。仕事場/職場に居るからだ。だから子ども達は仕事場にやってくる。長女は「とうさ~ん、これ教えて」と夜やってくる。長男4歳はまだ小さいのであまり事務所に来ないのだが時々なぜかトイレを借りにやってくる。前出の次女は長期の休みに手伝いに来てくれる。仕事であまり家に居ないので、家に事務所を近づけたかった。それはやっぱり良かったと思っている。

今日の夜は町内のお祭りが近くの神社であると次女が愉しみにしている。なんともかわいい奴だ。子ども達と一緒に出かけよう。

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2008年5月29日 (木)

仮面ライダー 電王

前の書き込みから半年が経ち、殆ど年賀状か暑中見舞いかの世界に入りつつあることを、まずもってお詫び申しあげます。

最近子どもとともにはまっているのが「仮面ライダー電王」です。4歳の息子のビデオを、高2、小5の娘と一緒になって観たのですが中々面白いのです。主人公良太郎に4つのキャラクターが入り込むという、はちゃめちゃなストーリーです。ところが観ているうちに、何か笑えない自分の姿がそこにあるのです。

実は4月からのあまりにめまぐるしい変化に、良太郎の最初のとまどいの共感を覚えるのです。仕事をしている自分。大学院生の自分。PTA会長の自分。父親の自分。勿論どれもが自分である事に間違いありません。きっと「電王」のように、このすべての自分が合体できる時が来るのかもしれません。今の私には夫々の自分を活かしきる事ができておりません。私自身の基礎能力をUPしないと不可能なのかもしれませんが、きっとできるようになります。全てが自分自身であるのだから。

4月に入り、私の中での予定調和は軽く破綻しました。私自身が変化するか、進化するしかその可能性は残っておりませんでした。アドレナリンが出まくって、体中の眠っていた細胞が少しずつ動き出しているようにも感じます。そこには、進化しようとしている自分がいます。

といっても、所員や家族、周りの方達の理解と援助があっての事です。そのご恩に報いるためにも、頑張らないと。いざ「変身」!「ヴァージョンアップ」!

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2008年1月 5日 (土)

おめでとうございます

新年明けましておめでとうございます

大分明けてしまってからで少し間抜けな気はします。

昨年は年末に風邪にやられてしまい、お陰で忘年会を軒並み欠席した結果、すこぶる体調がよく、年末年始にこれだけ絶好調で爽やかな気分も稀のような気がします。

年末に飲み足りなかった分を取り戻そうとする意地汚い自分もいますが、程ほどに律しながら、今年のテーマは「おじさんなんだから体調管理しなきゃ+どこまでやれるか」です。ちょっぴりアスリートのようなテーマですが、腹の割れ目がだんだん潰れてシワになりかけているので、酒の抑制と腹筋は必須課題です。

とまあ、どうでもいいような事を書いていますが何よりも、昨日よりも今日、今日よりも明日と日々死滅する細胞(と生れ来る細胞)と老化する機能(と進化する機能)と正直に向合って、どこまでやれるか頑張りたいです。

本年も何卒宜しく御願い申し上げます

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2007年12月13日 (木)

風邪

久々に風邪をこじらせてしまいました。ふと立ち寄った自分のブログ、前回の書き込みが8月。4ヶ月が経過している・・・。月日の経つのは恐ろしい。何か書かねばとの脅迫観念から書き始めたのだが、体が思い。頭も重い。明日から建て方なのにどうしよう。

今日は玉子酒でも飲んで本でも読みながら寝よう。そのかわし明日の朝は早く起きなければ。目標3時か・・・?明日の耐力温存のためにも1時間ずらそ。

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2007年8月16日 (木)

暑い!

事務所でエアコンを付けずに作業をしているのですが、暑い!パソコンのファンのうなり音がさらに暑く感じさせます。

そんな中を風がす~っと通るとなんとも有難く感じます。

これから建築確認検査機関に打合せに行きます。6月20日に建築基準法が改正されてとんでもない事になっております。6/20以前に駆け込みで受付けたものが未だに処理し終わっていない状態だそうです。

戻ってきたらさすがにエアコン入れないと熱中症になりそうですね。

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2007年3月31日 (土)

粘土細工

表札をつくる上で、現在粘土でモデリングをしているのですがこれが実に楽しい。なんとも子どもに戻ったような感覚でいつまでもいじってしまうのだ。これはスタディー用の試作ですが一発でなかなか気に入ったものができました。と言ってもラフスケッチはあってそれになるべく近づけるように作りgood。最近計画などでもCGなどは極力後の段階で確認用にしており、手描きのスケッチなどのイメージを大切にしております。粘土は手描きともまた違う魅力があります。頭で考えると言うより手がつくると言う感覚です。これを元に計測しながら製作をして頂くのですが、普通の油粘土なので固まらず変形してしまいまうのが困り物です。金属加工のプロとのコラボレーションですが、格好いいのができるといいのですが。乞うご期待。うまくいけば人建築事務所オリジナル表札としてお目見えするかも。

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2007年3月16日 (金)

おひさしぶりです

う~む、すごいご無沙汰をしてしまいました。一度書きそびれると空白期間が長くて、反省しきりです。

全日空の胴体着陸の機長、素晴らしい。プロフェッショナルとは彼のような人の事を言うのでしょう。格好いいなあ。凄い事を当たり前にこなせるようになりたいですね。

それに引き換え、松岡農水相の水道水を飲む人はいない発言や、柳沢厚生相の産む機会発言は、悲しくなります。

娘の作文から:福祉の夫々の字はお互いに幸せの意味を持ち合わせます。幸せが身に止まりて宿るという最上級の幸せを意味するものだと思うのです。それは一部の人だけにもたらされる幸せではなく、すべての人々に与えられる幸せだと考えます。

福祉がそのような意味を持つのであれば、公共の福祉に寄与すべき政治家の資質がこのお二人にはあるのでしょうか?

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2007年1月 3日 (水)

新年明けましておめでとうございます

二〇〇七年の新春を迎え
 皆様のご多幸と
  世界の平和と安寧を
   心より祈念致します

 この年末は元旦の朝4時頃静岡の実家に向けて出発し、2日の昼に名古屋に戻ってきました。例年は泊まる事なくその日のうちに名古屋に戻るのですが、用事があったため暫らくぶりに実家に泊まりました。姉の次男がえらい酒飲みになっていて、一度帰ったのにまた戻ってきて飲み直す始末で、結構飲んでしまいました。

去年の年末は、お金も無いのに、忘年会等が多くて、殆ど連日に近く、年末に仲間で会った時は、結局友人宅に泊まる事になり、夜の不在親父という、ダメオヤジでした。

で家でゆっくり過ごすのは、やっぱりいいもんですね。小さな家だけどやっぱ我が家はいい。

昨日家に戻ってきてから、こどもからずっとせがまれていた「カーズ」をやっと借りて2回も同じものを見てしまいました。うちの小さなテレビで見ていると1.5mぐらいまで近づかなければまともに観れないので、来年は大きいテレビを買おうねと、誓ったところでした。「今年じゃあないの」とすかさず娘から突っ込みが入りました。世界の亀山モデルが安くなった頃に買えるかな~。

「カーズ」は猛スピードで走るレーシングカーが時代に取り残された町で何かを掴むストーリーで、こども向けのものながら、考えさせられました。
こどもと一緒に居る時間、家に居る時間を、きちんと愉しむオヤジでありたいと・・・。

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2006年12月15日 (金)

追悼

杉浦登志彦(元建築ジャーナル代表)さんが12日にお亡くなりになられた。

杉浦さんのお蔭で今の私がある。恩返しができなかった事が何よりも悔やまれる。

建築設計の仕事につき、色々な壁にぶちあたり、挫折感に浸っていた時に、世の中と建築界の矛盾を突き、明快に論ずる方がみえた。建築とそれを取り巻く社会に少し嫌気をさしていた時に、一筋の光を見た思いだった。私たち建築設計者のあるべき姿や、あるべき思考を、現状を縦横無尽に斬りながら、凄みをもって説く姿に、惚れたと言ってもよかった。勿論、その時はお会いした事もなく、文書でしかしらなかったのだが。当時お手紙を出した事があった。ファンレターのようなものだった。

ひょうんな事からお目にかかり、大変かわいがって頂く事になったのは、その当時ではとても考えられない事であった。「欠陥住宅をつくらない住宅設計者の会」によんで頂いたのも、杉浦さんであった。また、色々な方に引き合わせてくださったのも、杉浦さんであった。

ジャーナリストとしてだけでなく、建築文化や職能問題では名古屋に留まらす議論をリードするとともに行動し、鬼頭梓(JIA元会長)さんや、池田武邦(日本設計名誉会長)さんとも親交が厚く、巨大資本や政治にも真っ向から向かう、凄い方だった。

建築設計者が自ら浄化作用に努めるのが建築家の職能だと、「欠陥住宅をつくらない住宅設計者の会」をたち上げ、自ら2000本の電話相談を受けるほど、正義感の強い方であた。

時代に先駆けて走りきった方だった。有難うございました。これから恩返しをしていくためには何をしなければならないのか、日々考えながら努めたいと思います。

ご冥福を心より、お祈り申し上げます。

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2006年12月10日 (日)

ありがとう

昨日建築よろず相談の相談会と会議、それから忘年会があったので東京に行ってきたのだが、時間が無く建物を見る間もなかった。

実は以前に最終電車に乗り遅れて東京駅で一晩過ごした事がある。正確には25時頃東京駅からは追い出され駅の外(路上)で一晩過ごしたのだが、結構若者の仲間が居てその時は50人ぐらいは居たであろうか。社会人になって、まさかこんな事をしようとは思ってもいなかった。

今朝9時に地鎮祭があったため、何が何でも朝までに名古屋に帰っていなければならなかったため、目一杯東京に居れる方法として、ハイウェイバスの夜行便を選んだ。なかなか寝る事ができないので好きではないが、致し方ない手段であった。

出発時間の20分前には到着し、万全のつもりですぐ脇の店でビールを飲みだした。5分前にそろそろ乗ろうとチケットを見せると、日付が違うと言う。何たることか15日のチケットを買ってあったのだ。これでは乗れないと断られたが、この便が名古屋に向かう最後の便のため、以前の二の舞で路上で一晩過ごす事になる。この寒さで一晩過ごしたら凍え死ぬかもしれないし、地鎮祭があるからどうしても帰らなければならない。

無理を承知で強引にどうしても乗らないと困ると気迫で説得し、上司に連絡を取り合って頂き、走り回って手続きをして、無理無理乗せて頂いた。このような事はもうできませんよと20代の若い係員に叱られながら、バスに乗る事ができた。お蔭で6時20分に名古屋駅に着き、なんとか地鎮祭に間に合う事ができた。無理を聞いてくれた係員さん、本当に有難うございました。一緒に走り回ってくれたお蔭です。世知辛い世の中で、結構人の情けに助けられています。ほんとうにありがとう。

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2006年12月 3日 (日)

今朝7時ごろ、天に蓋をするような大きな虹がかかった。きれいな朝焼けのあとに雨が降り出し、雨の空を駆け上がるように・・・。

自然は時々こんなサプライズを私たちにくれる。地震や台風などの災害を恐ろしく思うのだが、何もない平穏を常に感謝する事はしていない。

地球と太陽の距離があと1km近かったら、地球と月の距離があと1km遠かったら、生命は存在しなかったであろうなどと言う事を聞くと、私たちが生きている事そのものが奇跡なんだと気付かされる。

2週間ほど前に現場でへまをやり、肋骨にヒビが入ってしまった。発熱し、動きもままならないので病院に行ったが、安静がやはり一番の薬で、日にちをかけるしかないのだ。なるべく重い物は持たないようにしてきたが、安静などとはいくはずもない。この頃やっと体を動かすたびに顔をしかめなくても良くなった。特別施術したわけでもないのに、凄いものだ。いつもこき使っている身体に、こんな時しか感謝できない自分が恥ずかしい。

ありがとう。

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2006年12月 1日 (金)

ひたむきさ

昨日(11/30)は、酒井宣良さんが手がけた吉田邸を訪れた。佐々木敏彦さんが企画したもので、当時「住宅建築」にも掲載された吉田邸が来春取り壊される前に、酒井さんに語ってもらうと言うものである。

こう見ると何か仕事をしないで毎日のように出歩いているかのように思われるが、たまたま企画が続いただけである。また、仕事が無いかのように思われるかもしれないが、仕事の合間に出かけているのである。確かにいっときの事を考えると落ち着いてしまっていて、一抹の不安がないわけではない。(笑)

「一心不乱に設計をした」その言葉に表われるように、力の入れようが図面からにじみ出て、建物が語りかけてくる。36才の時の設計だそうだが、これにはまいった。

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酒井さん自身も、現在の方がノイズが多すぎて、建物が造りにくいとおっしゃってみえたが、36才の酒井NOVさんに、見事に打ちのめされた。

ひたむきに建築と向き合い、一心不乱に設計に打ち込む。酒井さんがこの前来てくれてお話し頂いたものの答えの一つが、ここにあった。有難うございました。

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